北アルプス;槍・穂高縦走


槍・穂高縦走 part8
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上高地―槍―穂高縦走(8)




涸沢岳頂上から涸沢と穂高岳山荘の眺め(正面は奥穂、左は吊尾根を経て前穂)


【上高地穂高縦走】(8)


穂高岳山荘到着・・、


涸沢岳の頂上からは、今までの緊張を強いられるコースとは違って、ガラガラの道を気楽に下る。 

降りきったところが今夜のお泊りの宿・・?「穂高岳山荘」であった。

今まで黙々と歩を進めた両人も、ここでニッコリ微笑んでガッチリ握手・・!。
小生もこれだけの悪路を1日がかりでやってのけ、内心、充実感と満足感で一杯であった。
体調も疲れてはいるが、昨日のようなボロボロの状態とは全く異なり、若干の余裕も感じられるほどであった。

穂高岳山荘は日本第三位の高峰、奥穂高岳と涸沢岳との鞍部、白出(しらだし)のコルに立つ小屋である。 収容300人、「重太郎新道」(前穂下方)などにその名を残す今田重太郎(1898-1993)が初代であるらしい。  

北アルプス探検時代(明治時代のこと)の名ガイド・上条嘉門次(上高地、穂高の主:ウェストンや秩父宮の他にも、多くの北アルプス登山者の手引きをた穂高のガイド)の弟子で「穂高の仙人」と呼ばれた内野常次郎の後を継いだのが重太郎氏である。

現在はその息子の英雄氏に引き継がれ、相変わらずの高い人気を保っている、大正13年の創立という。 
素晴らしい展望の石畳のテラスをもつ山小屋で、近くにはヘリポートもあり、穂高登山の拠点とも言える存在である。
山小屋が出来たのは、上高地、穂高山地の黎明期の頃であり、山小屋のパイオニア的存在でもある。

今夜は、この山小屋で体を休めることにした。



穂高岳山荘(2枚)


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出発して4日目の朝も3000mの稜線上の目覚めであった。
その穂高岳山荘周辺は、今朝も上空はほんのり青空も望めるが、周辺は白いガスの中だった。大展望こそ望まれないが、流れ行く白雲の合間にどす黒い山塊が望まれることもある。 
風もさほど無く、雨の心配は今のところ無さそうである。 今日1日天候、無論身体の方も無事安泰を祈りたい。

気が付くと、すでに涸沢から「ザイテングラード」を経て上がってきた登山者もいる、朝4時前後には出発したのだろ、早い出で立ちである。
ザイテングラードとは、ドイツ語のseitengrat:支稜線・支尾根からだそうで、一般的に山の各部の名称や山岳装備の名前にはドイツ語やフランス語が多く、英語は比較的希である。さすがに元祖であるヨーロッパアルプスを控えた土地柄、国柄である。

順番待ちの朝食を軽めにいただいて、バラバラになっている携帯品、装備品を今一度チェックし、順序良くキスリングに詰め込んで、身支度を整え出発である。

今日のルートは奥穂高から吊尾根、前穂高から岳沢を経て上高地へ下る予定である。
2日間酷使した身体もまだ余力はあるようで、地図を見ても昨日のような難コースだはなさそうである。
しかし、実際には3000mの領域は何があるか不明である、思わぬ難関がが待ち伏せて居るかもしれない。 心身とも緊張の糸を切らさないように配慮が必要であろう。

そんなこんなで山荘の玄関に無言の挨拶をしていよいよ出発である。


奥穂へは、いきなり鉄のハシゴとクサリ・・、

それにしても小屋の左手からいきなりの直登であり、早速、梯子や鎖のお出迎えである。
岩塊に垂れ下がる鎖やハシゴが数ヶ所あり、朝の出掛けということもあり、慎重にゆっくり登っていく。
しかし、岩に取り付けた道具類はここだけで、岩場を上りきると尾根上の登りになる。
尾根筋は、踏み固められた砂岩礫が頂上まで続いている。 


写真:小屋から見上げる奥穂のピラミダルな山容、岩肌の登りはハシゴ、鎖が連続する





写真:奥穂高岳頂上付近と頂上の祠


約40分程で日本第三位の高峰・奥穂高岳=3190メートルの頂上に到達した。 

因みに、第1位は勿論富士山、2位が南アルプスの主峰・「北岳」の3192mである。
中央付近にほぼ四角のケルンがあってその上に小さな祠があった。
麓の町、穂高神社の奥宮か・・?、それにしては小粒で地味であるが、3000mの頂の祠としてはこんなもんであろう・・?、穂高の守り神である。

山荘で聞いた話であるが・・、

奥穂(3190m)が南ア・北岳の3192mに次いで3番目の高さであることは述べたが、奥穂は山頂に3mのケルンがあるので、実際は3193mであり北岳を抜いて本邦2番目である・・と、本気とも冗談とも言える語気で話していた。
目の前のこの四角いケルンが3m以上あるかどうかは定かでない・・?。 

頂上の眺めは格別とは言い難い、昨日、歩いて来た北穂からの稜線を眺めると、北穂、涸沢岳は微かに見えているが、左手に見えるはずの槍ケ岳は穂先はガスに隠れていた。
頂上には方位盤があり、それが示す通り360°の大パノラマの展望が広がる筈であったが、些か残念である。


写真:西穂稜のジャンダルム

ただ、白雲をなびかせながら黒い怪獣の様なジャンダルムは目の前にあった。 
「ジャンダルム」とは、フランス語でgendarmeと書き、憲兵という意味で、主峰を守るかのように山稜上に立ちはだかる塔状の岩峰をいう。

更に、続く・・、     槍・穂9 

        

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